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20歳までの顔は親の顔。20歳以降の顔は自分の顔。

2010.08.16

という言葉をある方から頂きました。20歳までの顔は、両親からの遺伝による顔。20歳以降の顔は、社会にでて仕事をし、努力をして積み重ねてきたものが自分の顔として創られていくから、仕事を一生懸命していかなければならないというお話でした。

顔という単語が入ったこの言葉に、仕事柄非常に感銘を受けたのと同時に、30歳を目前とした自分の顔は、しっかりと創っていけているのかと考えてしまいました。

そこで興味をもったのは、歴史上の人物が、今の自分と同じ年ぐらいの頃に、どのようなことを考えて日々を過ごしていたのかということです。

一番興味のある歴史上の人物といえば、今話題の坂本龍馬しかいない!と思い、現在の自分と同じ年の頃の龍馬がなにをしていたか調べてみました。その頃の龍馬は、勝海舟と出会い、彼の人間性に心酔し、日本の海軍設立に夢を馳せていく時期でした。

その夢の出発点・海軍操練所は、現在の神戸市中央区新港町にありました。神戸の開港、発展のさきがけとなった操練所を記念し、重さ10トンにおよぶ錨を用いた「神戸海軍操練所跡碑」が建立されているということで訪れました。

Kobe kaigun.jpg

神戸海軍操練所跡碑写真

この神戸海軍操練所とは、勝海舟が、開国か攘夷かで激しく揺れ動いた幕末に、海軍増強の必要性を説き、軍艦奉行の勝海舟の建言により設置した海軍士官養成機関です。

天下の人材を集め、日本海軍の礎を築き、海外発展の基地にしようとしたこの操練所は、残念ながら設立した後1年ほどで閉鎖となり、操練所の成功に向けて尽力していた龍馬は行き場所を失ってしまいます。しかし、このことをきっかけに薩摩藩と結びついて亀山社中を結成し、薩摩と長州という犬猿の仲の両藩の和解へ向け従事していきます。

国事へと従事していく中で、常に的確に状況をよみ、「いま自分がすべきこと」を考え「どうすればできるか」を模索し、様々な人との出会いを通して、知識や思想を吸収して自己変革を行っていき、幕末という激動の時代の顔へと成長していく龍馬。

この自己変革という行動は、社会人として仕事を行なっていく上において、また人間形成においても相通じるものがあると思います。また、世の中の動向を見極め、常に新しい化粧品企画、それに見合った製品(原料)の提案を行っていくために、常に自分自身を進化させていき、お客様の満足度に繋げていきたいと考えておりますので、進化し続けていくテクノーブルの今後にご期待下さい。

Meriken Park.jpg

神戸メリケンパークから神戸をみた風景

 

営業開発部

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